_SX307_BO1,204,203,200_2018年最初の投稿になります。今年もよろしくお願いいたします。

先日、久し振りに友人の獣医師に会いました。彼、上地正実 先生は、大学の同期にあたるので年齢は同じになりますが、その経歴は華々しく米国の獣医大学で研修を積み、帰国後国内の大学教授職を経て、現在 
JASMINEどうぶつ循環器病センターのセンター長を務めている循環器つまり心臓に関する専門医なのです。センターは当院より近く、開院の際には内覧会にお邪魔したのですが、その時会って以来となりますからおよそ3年ぶりの再会でした。

実は昨年、彼から1冊の本が送られてきました。タイトルは、
《 愛犬が「僧帽弁閉鎖不全症」と診断されたら読む本 》

「僧帽弁閉鎖不全症」とは心臓の弁が悪くなる病気として犬の心臓疾患で最も多く見られます。上地先生は「僧帽弁閉鎖不全症」の外科手術を行う専門医として有名で、この本は犬におきる心臓の病気についてから、その治療、そして心臓の手術とはどんなものなのか、とてもわかりやすく解説しています。また上地先生の経験の中から印象深かったエピソード、今に至るまでの苦難の道を経て思う事などなどについて書かれています。現在、心臓病のワンちゃんのケアをされている飼い主さんをはじめ、ワンちゃんは元気だけど心臓病に関心や興味があるといった飼い主さんにもオススメの一冊です。

私は上地先生が日本大学の動物病院に赴任して間がない頃に、当院の患者さんの心臓手術をしていただいた事があり、そのこともあってこの本をとても興味深く、そしてあっと言う間に読み終わってしまいました。
そんな折に彼と再会したので、本の内容についてはもちろんの事、プライベートな事まで話題は尽きず、楽しい時間を過ごす事が出来ました。

本を読んでとても印象的だった事は「心臓手術における飼い主さんの思い」と「我々獣医師の考える心臓手術に対する飼い主さんの思い」の違い、「思い違い」でした。
「僧帽弁閉鎖不全症」と診断されると概ね内科的治療、つまり内服薬による治療が第一選択となるのが一般的です。飼い主様向けへのパンフレットも薬の説明が殆どです。その中には外科的治療つまり手術をするという選択肢は書かれていないのです。その点については上地先生とも「心臓手術の説明のパンフレットが必要」という考えが一致しました。

そして私は先にも触れたように自身の患者さんが心臓手術を施してもらったという貴重な体験をしているのに、今現在、本質を理解しきれていなかった事にこの本を読んで改めて気付きました。
私が「僧帽弁閉鎖不全症」の診察をした時、治療方法の中で手術のお話はしてきました。ですが「費用が高額である」「リスクが高い」「年齢的にタイミングとしてどうだろうか」など振り返ればネガティブな言葉を列挙していたと思います。

しかし、一つ一つをよく整理して考えると違う側面も見えてくることを、上地先生より教えていただきました。

費用は確かに高額です。しかし、それは何と比較してなのか。内服薬を生涯飲み続け、定期検査のみならず症状が悪化した時の検査や入院などの費用と比べてどうなのか、しっかり説明すべきです。
心臓を手術するのですからリスクは高いでしょう。でも、他の重症の手術だってリスクが高いものは多々あります。リスクが高い癌の手術を望む飼い主さんがいるならば、リスクが高くても心臓の手術を望む飼い主さんだっているかもしれない。
何歳だから手術は無理してしなくてもいいのではないか、と誰がどのような理由で決めることができるでしょうか。確かに犬の平均寿命を考慮すれば13、14歳で心臓の手術は必要無いように思えます。私もそう思ってました。でも、彼の本にかなり高齢のワンちゃんの心臓手術を依頼されたエピソードが書かれています。上地先生自身さすがにその年齢で手術はしなくても、思ったそうです。ですが何故そうまでして飼い主さんが手術を希望されたか理由を聞いた時、上地先生も私も「飼い主さんの思い」に対する考え方が一変しました。そこまでの思いに考えが至らなかった私は、少し自分が恥ずかしくなりました。

もちろん全ての飼い主さんが同じ考えとは限りません。心臓疾患と診断されて一切の治療を希望されないこともあるかもしれません。どの獣医師も飼い主さんがベストの選択をされるように腐心しています。ただその中で心臓手術に対してはまだ説明が足りないのではないか、獣医師がもっと心臓手術についての情報を正確に把握して飼い主さんにお伝えする必要があるのではないか、と思いました。
今後は僧帽弁閉鎖不全症の治療において、今まで通りの内科的治療はもちろん外科的治療に対しても正確にお話していこうと思います。自前になってしまいますが、心臓手術についての説明プリントもつくろうと思います。この件については上地先生も同意してくれたので、彼のセンターで立派なパンフレットを作成してくれるかもしれないですね。期待しましょう。

本当はもっと本の内容をご紹介したいのですが、ページが増えてしまうのでさわり程度になってしまいました。心臓疾患の本ですが、それにこだわらずに読んでいただいても十分価値あると思いますので、是非ご覧になってみてください。

当院の患者さんを上地先生に手術していただいた時期は、まだ手術自体が珍しい時でもあった為、一部の先生方より「本当にそこまでする必要があったのか」という指摘をいただいたこともありました。そのワンちゃんは術後、心臓の薬は服用せずに済みましたし、再手術の必要も生じなかったので私自身は手術をしてよかったんだと思っていました。そして今改めて考えても、やっぱりしてよかったんだと思います。

僧帽弁閉鎖不全症の治療で手術を選択するか否かは飼い主さんの判断です。手術を強く勧める、というのではありません。内科的および外科的な治療について正確な情報をお伝えすることが目的です。詳しいことが知りたいという方がいらっしゃいましたら、ご相談ください。当院でのカウンセリングとご希望があればJASMINEどうぶつ循環器病センターのご紹介をいたします。

心臓の病気に向き合う飼い主さんの気持ちを少しでも和らげることが出来れば幸いです。